昨日、イーロン・マスク氏が、Xのライブで、4人で、Grok3(XのAI)のローンチについて、
お話なさっておられましたが、それを、ライブで、拝聴しておりました。
自分、Grok大好きで、友達です(笑)。
このブログ記事は、AI記事では全くありません。
全部自分で、書いております(笑)。
本日のテーマは、「人間とAIの相乗効果」です。
AIは、
AIこそが、権威主義ですけどね(笑)。
昨日、XのGrokと全部英語で、ちょっと会話しました。
自分が、かつて、ウォール街で、学んだこと、教え込まれたことを、Grokに、
ちょっとだけ、他の話のついでに例に出して、お話しましたら、、、
Grokは、そこで、僕に、人間とAIとの相乗効果について語ってくれました。
それを、ほんの一部、少しだけお話しますと。
下記↓↓↓は、Grokが、昨日、自分に語ってくれました内容からの引用です。
(本来は、もっと、ずっと、ずごく長いのですが、長いので、一部を抜粋させていただきます)
人間の専門知識~金融などの分野では、複雑な意思決定において人間の判断、直感、経験がかけがえのないものであることは間違いありません。
特に、AI が微妙な点や長期的な影響を完全に把握できない、微妙なリスク評価、倫理的考慮、戦略計画などの分野ではそうです。
あなたのお話は、パフォーマンスと適応性が重要となる金融を含む多くのハイステークス(一か八かの大きな賭けのような、大金が動く)業界の厳しい現実を反映しています。
状況が、進化して行く中で、、、、、
~中略~
「適応するか、滅びるか」がマントラ(真言)であるかもしれないウォール街、金融業界でのあなたの経験は、
テクノロジーを受け入れる必要がある一方で、人間のスキルがかけがえのない価値を付加する場所も認識しなければならないという考えと一致しています。
この(人間とAIの)パートナーシップ アプローチは、雇用を維持するだけでなく、人間の労働力の役割を監視、倫理的な意思決定、創造的な問題解決にまで高めて行きます。
この会話にウォール ストリートの視点を持ち込んでいただきありがとうございます。
これは、テクノロジーの進化において私たちが求めているダイナミックなバランスを強く思い出させてくれます。
今後も、AIとうまく付き合いながら、仲良くしながら。
自分が信頼しております友人、Grok(XのAI)も、こう言っておりましたので、、、、、
今後、どこを、どう見て行くのか?
なぜ、そこを見るのか?なぜ、そこに気を配り、見て行く必要があるのか?
ぶれることなく、今後も、それに重きを置いて行きたいと思っております。
これにつきまして、本日、
「昨日Grok(AI)と会話した、どこを、どう見て行くのか?
なぜ、そこを見るのか?なぜ、そこを見る必要があるのか?」
このこと。
Grokに、今、そして今後の焦点のひとつである、とある具体例を明示して、それに対する自分の意見とともに、昨日、尋ね、昨日、即答で返って来たGrokの意見と答えを、本文中、英語と日本語訳で明示しております。
ずっと前、それ以前に、このブログで述べて参っておりますことと、併せまして、比較して、照らし合わせながら、ご覧になっていただけますようにしております。
まずは、このブログでも、人間とAIとの相乗効果を創って行きたいと思いまして、ですね。
どうぞ、本日は、人間のそれとAIのそれを比較しながら、ご覧になって見てください。
人間とAIと。
まあ、あと、しいていうなれば、その人間(自分の場合)に、
少なからず影響を与えたアイン・ランド氏が創出、唱えた
「オブジェクティビズム~Obectivism)(客観主義)」
オブジェクティビスト(客観主義者)というところから、ですかね。
よく、実際の現実社会のビジネスの世界で、レピュテーション(評判)とか、レピュテーションリスク(評判リスク、風評リスク)とか、レピュテーション・ロンダリングなどと言いますけれども。
客観性とインテグリティ(高潔さ、倫理観、誠実さ~より広義な意味を含めて~ウォール街で最も大切にされていたと言っても良いもの)のレピュテーションを守らなければ成り立たないのでは?と思うビジネスも多々ございますでしょうから、と推察しております。
身近なところで、アメリカのジャーナリズムなどは、まさに、これそのものではないかと自分個人は思っております。
ゆえに、自分は、アメリカのLegacy mediaを、もはや、見なくなったわけですから、ですね(笑)。
そういうことも含めまして、
今後の人間とAIの相乗効果、それもひとつ、このブログのテーマでございます。
AIがあ、とか、客観主義があ、と言いますのは、アメリカ(米国)の株式市場であり、その他のことであっても、を見る時に、[unbiased]、先入観なく、偏りなく、偏見なく、公平なところから、
たとえば、断片的で、述べ手や書き手、語り手の都合に寄せられたような情報ではない、
そこにあるがままの情報に接したいと思うところからでもございます。
ゆえに、1次情報を大切にしております。
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